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福岡地方裁判所小倉支部 昭和23年(ワ)300号 判決

原告 島本ミツ子

被告 平川マス

一、主  文

被告は原告に対して金五千五百円と之に対する昭和二十三年九月一日から支拂済迄年五分の金員を支拂うことを要する。

原告の爾余の請求は之を棄却する。

訴訟費用は之を二分し、其の一を被告の負担とし、其の余を原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対して金一万五千円及之に対する訴状送達の翌日から支拂済迄年五分の金員を支拂うことを要する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、其の請求の原因として、

「原告は昭和二十三年四月十三日質屋業を営む被告方に於て別紙目録<省略>記載の衣類四点を入質して金千五百円を、利息は一ケ月一割入質期限は四ケ月の約定を以て借り受けた。而して其の後原告は被告に対して同年六月末日迄の利息を支拂つたが翌七月一日右入質衣類の質受を爲すべく被告方に赴き質受方を申出たところ、意外にも被告は前示原告入質の衣類四点は既に原告所持の入質札と同様の質札を使用して何人かが質受をして持去つて居るから被告方には存在しない旨を答へ原告の質受申出に應じない。併し縱令被告の云うが如く何人かが原告所持と同様の質札を持参し質受方を申込んだとしても眞正の質札が二通ある筈がなく結局夫れは偽造のものであるから被告に於て質出の際之を精査すれば容易に偽造たることを看破し得た筈である。然るに被告は不注意にも右檢査を怠り右偽造の質札を眞物と誤解して質出を爲したのであるから被告は之に付いて過失の責あることが明かである。從つて被告は以上の経緯に因る質物の喪失に因つて原告の被つた損害を賠償すべき義務があるところ、右原告入質の衣類四点は別紙目録記載の如き時價を有し合計一万五千円相当のものであるから本訴に於て被告に対して右金一万五千円並に之に対する本件訴状送達の翌日から支拂済迄年五分の割合に依る遅延損害金の支拂を求めるものである。」と陳述した。<立証省略>

被告訴訟代理人は「原告の請求中金七百五十円を除いて其の余は之を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め答弁として、

原告主張の事実は本件質物の時價並に其の喪失に因り被告に金一万五千円の支拂義務ありとの点を除き総て之を認める。即ち訴外小池安一は被告が原告に交付した質札と類似のものも偽造して本件質物の質受を爲して仕舞つたので被告は原告の質受申出に應ずることが不可能となつた。夫れで被告は右訴外人を追求して極力質物の回收方を図つたけれども終に徒労に帰し、又其の爲め右訴外人は小倉支部裁判所の公判に付せられ刑事処分を受けるに至つたのである。本件質物喪失の事情は以上の如くであるが併し被告の質店の店頭には

(一)  質物か風水、火災、盗難其の他天災地変に罹り滅失したときは質屋は貸金を損し、質置主は質物を損失に帰せしめること。

(二)  過失に因り、期限内に質物が紛失したときは質屋は貸金を損し更に貸付額の半額を弁償すること。

(三)  虫喰、鼠切、汗染、濕気触等に対する損害は弁償しないこと。

(四)  質札又は通帳を持参する者には誰でも受質に應ずること。

等の掲示を爲して居り又原告に交付した質札の裏面にも右同様の事項が記載してあるから、原告は被告方に入質するに際り、右の各事項は十分之を了解して居つたものと云うべく、結局原被告に右各條項の質契約が成立した訳である。而して本件の事故は前示(二)の條項に該当する場合であるから被告は本件質物の喪失の爲め前示貸金一千五百円を損する外、其の半額金七百五十円を原告に弁償すべきものであり、且つ之れを以て足るのである。併し夫れでは原告に対して誠に気の毒であるから被告は前記契約上の弁償額に相当の金額を加算して支拂い穏便に解決し様と努めたけれども、原告は法外の金額を要求するので竟に示談は成立に至らなかつた次第である。尚ほ本件原告の入質衣類四点の時價は原告主張の如く一万五千円ではなく七千円相当のものであると陳述した。<立証省略>

三、理  由

原告が昭和二十三年四月十三日質屋業を営む被告方に於て、別紙目録記載の衣類四点を入質して金千五百円を、利息月一割、入質期限四ケ月の約定を以て借受け其の後、同年六月末日迄の利息の支拂を爲したこと、及び同年七月一日原告が被告方に質受に赴き其の申入をしたところ被告は原告入質の質物は既に訴外小池安一が原告所持の質札と同様の質札を使用して質受を爲して居るので最早存在しない旨答え現在迄原告に質物の返還をして居らないことは何れも当事者間に爭のないところである。

而して成立に爭のない乙第二、三号証に証人今仁郁、吉松ウメ及び金沢勘七の各証言を綜合すれば本件原告入質の衣類四点は昭和二十三年四月二十二日頃迄の間に当時被告方に出入して居つた訴外小池安一が被告方使用の質札用紙を以て原告が交付を受けた質札類似のものを偽造し之を使用して原告入質の本件衣類四点の質受を爲して仕舞つた爲め被告に於て之を原告に返還することが出來なくなつた事実を認めることが出來る。而して被告答弁の全趣旨に徴すれば被告は前記偽造の質札を眞正のものと誤信し之と引替に質物を前示訴外人に交付したことに付き過失あることを自認して居るものと解せられるから被告は該過失に因りて正当入質者たる原告に対する質物返還債務の不履行を惹起し之に因つて原告に被らせた損害を賠償すべき義務あることは言を俟たないところである。而して其の損害額は特別事情の主張なき本件に於ては一應損害賠償の原則に從い原告が前叙の如く被告に対して質受の申出を爲した昭和二十三年七月一日当時に於ける本件入質衣類四点の價額を以て標準と爲すべきものであるところ之に対して被告は本件の如く質物喪失に付き質屋営業者たる被告に過失ある場合と雖も之に因る損害の弁償額は前叙原被告間の質契約に從い貸付金額を損する外、其の貸付額の半額即ち金七百五十円を以て足る旨抗爭し且つ成立に爭のない乙第一号証に依れば戸畑市質屋業組合規約中には被告主張の前示(一)乃至(四)に各記載の如き弁償に関する規約條項のあることが認められ又成立に爭のない甲第一号証に依れば以上の各條項は本件質物入質の際被告が原告に交付した質札の裏面にも亦記載してあることが認められるけれども斯様な事実のみを以て直ちに本件入質の際に右條項通りの質契約が原被告間に成立したものと解することに付いては相当の困難がある。尤も多数の來客と應対する質屋業者のことであるから各個の入質者毎に一々具体的の質契約を締結することは事実上行われ難い爲め前記の如く質契約の條項を店頭に明示し且つ入質者に交付する質札にも之を表示して締約に代えることは法規の要求するところでもあり固より已むを得ない方法ではあろうけれどもその掲記する契約内容は何処迄も入質者と質屋との双方に対して衡平であるべきであるは勿論である。然るに被告主張の前示(二)の契約條項は質屋の過失に依り期限内に質物紛失したときは質屋は貸金を損した上、貸付金の半額を弁償するというのであるから之に依れば例えば千五百円の價額ある品を入質して千円を借りた入質者は質物紛失のとき更に五百円の弁償を受けることが出來るから結局千五百円を受領し得たことになり別に不都合は生じない訳であるが入質物の價額が借受金額を著しく超過する場合には右の如き弁償方法に依るときは入質者は多大の損失を被ることになるは明かである。之に反して借受金額が入質物の價額と同額又は夫れ以上のときは質物紛失の場合入質者は更に借受金額の半額の弁償を受けるとすれば却つて不当に利得すると云う不都合な結果を生ずる訳であるが尤も斯る事例は先づ殆んど生じないであろう。故に前示の如き弁償の契約は入質物の價額が貸出金額と著しい差のない通常の貸借の場合の外、適用する訳には行かない。而して本件に於いて原告は質受申出当時に於いて入質衣類の價額は合計一万五千円である旨主張して居るけれども其の点に付いて何等の証拠がないから直に其の全額の價額を認めることは出來ないとは云え少くとも七千円の價額があつたことは被告の自認するところであるから之に対して僅かに千五百円の貸出しを爲した本件の場合に前示弁償に関する質契約を適用するときは尚ほ入質者たる原告に著しく不利であることは算数上明白である。從つて斯かる場合は当事者の公平を保つ爲め前示被告主張の弁償方法に関する質契約は適用なきものと解するのが社会常識上から考えても妥当である。然らば被告は原告に対して本件質物喪失に因る損害の賠償として前示質物の價額金七千円から既に先に原告に貸出して居る金千五百円を控除した金五千五百円と之に対する本件訴状が被告に到達した翌日たること記録に徴し明白なる昭和二十三年九月一日から支拂済迄年五分の法定の遅延損害金を支拂うべきものである。

仍て原告の本訴請求は右の範囲に於いて之を認用して其の余は之を棄却し、訴訟費用の負担に付き民事訴訟法第九十二條を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 橋本清次)

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